岩清水日記

旧goo岩清水日記

ヒロシマ ナガサキ

「ナガサキ」を生きる 高瀬毅著 続き

後半を読み続けています。 長崎への原爆投下の経緯を追求していった前半から主題が変わります。 視点は被爆者です。 上空から地上です。 高瀬さんの両親は被爆者です。 母親は爆心地から3.4kmで被爆された。 本来の目標地点近くであり、もし目標通りに投下さ…

「ナガサキ」を生きる

原爆と向き合い人生ー高瀬毅 高瀬さんはネット番組「デモクラシータイムス」のキャスターでお顔を拝見しています。 その高瀬さんは被爆2世であり今も「なぜ原爆は長崎に投下されたのか」のか追求をしています。 原爆投下は巨費をマンハッタン計画の成果を決…

『パール・バックと日本 日本人が知らないパール・バッグとその世界』佐川陽子著

先に読了した『ヒロシマ』ジョン・ハーシー著の中にパール・バックさんの記述があり気にしていました。 たまたま図書館で、この本を見つけました。 早速、借りて帰りました。 パールバックさんについての知識は著作『大地』と、中国生まれの米国人ということ…

『ヒロシマ[増補版〕』ジョン・ハーシー著

この本は、2月15日に詠み始めています。こちらです。 「虎翼」の原爆裁判について書かれた本で知りました。こちらです。 2月はバタバタとしていましたのか、やっと読み終わりました。 とても重要な本だとわかりました。 ジョン・ハーシーさんは1946年5月に「…

岡山市で開かれた平和運動の学習交流会に出席しました。

講師は日本被団協二世委員会副会長 愛知県原水協 代表理事 大村義則さん ノーベル平和賞受賞式の様子を教えていただきました。 また被団協の運動の歴史、理念、継承について学ばせていただきました。 このような貴重なお話に触れるのは初めてでした。 1,日…

『ヒロシマ 増補版』ジョン・ハーシー著 法政大学出版局 読み始めています。

ジョン・ハーシー氏に関してはwikiで。こちら https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%BC 2025年に映画の制作がはじまるとのこと。こちら https://www.youtube.com/watch?v=mQVPSOX2Uk4 製作…

被団協の田中熙巳さん演説全文 ノーベル平和賞授賞式

2024年12月11日午後2時(現地時間) 被団協の田中熙巳さん演説全文(ノーベル平和賞授賞式)です。日本経済新聞記事より転載させていただきました。 文中に太字にした部分に注目しました。(「黒い雨訴訟」と「水俣・京都展」を見聞した後にはその通りだと思…

長崎市被爆の日 長崎新聞掲載の広告です。

見開き広告の中心に書かれていた文章は お読みいただきありがとうございました。

8月6日ヒロシマに原爆が落とされた日です。みたび核が使われないように!

オリンピックの熱狂にかき消されてしまった8月6日でした。 パリ五輪は平和に寄与しているのでしょうか。 五輪期間中の停戦さえできない世界になり果てたようです。 パンとサーカスとはよく言ったものです。 人間の愚かさを象徴する言葉です。 といっても諦め…

丸木美術館「小高文庫」の部屋。

以下は、丸木美術館のホームページの年表の1970年を掲載しました。 1970地元・東松山の有志から旧本陣小高家の書庫「小高文庫」が寄贈され、移築原爆観音堂を建立栃木県野木町より古民家「野木庵」移築 2階にある「小高文庫」に上がります。 南側から見た美…

『原爆の図がある丸木美術館』に入りました。

美術館の入口です。 企画展として 『ピカドン』とその時代 が開催中でした。 『原爆の図』は2階に展示されています。 横7メートル余りの図が壁面いっぱいに飾られています。 作品に合わせて展示室を設計したとのことです。 照明は天井からの自然光です。原発…

講談『はだしのゲン』神田香織さんの迫力!

2023年12月10日午後1時30分より 倉敷市公民館にて、神田香織さんによる『はだしのゲン』の講談がありました。 おかやま「被爆2世・3世の会」の主催、倉敷市人権啓発活動費補助事業です。 倉敷市公民館に初めて行きました。美観地区の真ん中です。 周辺には大…

8. 宇品港から広島陸軍被服支廠へ

それでは宇品港ターミナルから宇品の街を歩いていきます。ブルーマーカーになぞって 左下から右上です。 ↓ 宇品港市電ターミナルです。立派! 鉄道マニアにはたまらないのでは。 波止場近くの焼肉屋さん 広島海運社宅です。昭和でも30年代かも。 昔はここが…

7. 御幸橋そして宇品港へ

2023年9月18日、午前4時起床してヒロシマを書き進めようと思ったのですがラグビーの日本-英国戦が始まってしまいました。 2時間釘付け。日本チームよく食らいついたのですが英国チームの攻撃力が上回りました。実力に差があったように思います。 さてヒロシ…

6. 南大橋から御幸橋へ

※見出し画像は御幸橋を渡る市電です。 元安川の堤防を川下に歩いていきます。 現在の航空写真です。左の中州を南下しています。右の中州は大きな病院、大学、図書館などが並んでいます。 下の被爆後の写真では上の中州の右端が相生橋で左に歩いていきます。 …

5.中島町から加古町へ。

今回の広島訪問では1945年8月6日午前8時15分の原爆投下直後、大勢の方が爆心地近くで被爆されました。 人びとは火傷や負傷し大変な思いで避難されたわけですが(もちろんさらに多くの方が瞬時に命を絶たれました)、その距離的な感覚を理解しようと思い平和公…

4.爆心地から南へ逃げる

昭和20年8月6日午前8時15分。 爆心地の地表温度は3000~4000度に達し、ものすべて解けてしまいました。 爆風は、爆心地で秒速440mと推定、最強台風の7倍の風速です。 原子雲(きのこ雲)は14000mの成層圏まで達したのは前回の写真の通りです。 …

3.広島平和公園から南へ。

相生橋の西詰まで来てから横断します。 相生橋から平和記念公園と原爆ドームを望みます。 被爆直後の相生橋です。 真上からの爆風にコンクリートが吹っ飛んでいます。風速でいえば秒速200mほどだったのではないでしょうか。 右上は被爆前のドームです。…

2.広島城から平和公園へ。

広島城内を通過して南下しようと思いました。 階段を降りていくと足の不自由な高齢の女性が休んでおられました。 声掛けをすると、「念願かなって登ることができました。展示物が多く勉強になりました」と。 ならばサボるわけもいかず入城することにしました…

1.広島訪問です。広島駅から地裁、平和公園さらに御幸橋まで歩きました。

9月11日、まず午前中の目的地、広島地裁です 広島駅前は工事中です。高層ビルの圧迫感が半端ではありません。 被爆前と直後の広島駅です。『被爆の記録ヒロシマ』中国新聞社刊より 以後同じです。 栄橋まで来ると空間が広がりほっとします。 陸橋から北を望…

「峠三吉 闘う原爆詩人の最晩年」 中国新聞掲載

原爆詩人 峠三吉の直筆書簡が見つかりました。 中国新聞に掲載されました。 読みやすいように分割しています。 かえって読みにくいかもしれません(-_-;) 広島の米軍による被ばく報道統制、そして朝鮮戦争によるレッド・パージ。 当時の恐怖が伝わってきます…

閉会式が苦手で、録画していたドキュメンタリーを観ました。

例年の8月は、戦争に関するドキュメンタリーがNHKを中心に多いのですが、 今年は忘れ去られています。 首相まで読み飛ばす始末です。 今夜、見直していたのは被爆70年の時に創られた『ヒバクシャからの手紙』。 6年前にすでに80歳を超えておられたヒバクシ…

広島被爆の日に

広島被爆の日に 広島についてです。原爆を投下したB29は75年前の今日午前1時過ぎにテニアン島を飛び立ち7時間かけて広島市上空に来ました。その日の候補地は広島の他に小倉、長崎です。新潟も予定地の一つでした。広島地方が晴天とわかり広島投下が決定され…

となりの県でも知らないことが多いね。

広島県と兵庫県の友人が岡山に来てくれました。 どちらの県も訪問することが多いのですが、こと文化面に関しては知らないことばかりと思い知らされました。 全国的な視野(特に東日本)で見れば、岡山と広島は、どちらが大阪寄りにあるのかわからない人も多…